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細い糸を残す

向かい側の席で、その人は、ひとり静かだった。 50人以上が集まった、仲間内の忘年会。 ガヤガヤ賑やかになっていく店内。 隣の席は、箸を持つだけで肘が触れる。 向かい側の席は少し遠くて、声が届きにくい。 その人...
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書く前の靄(もや)

その人が帰った後、コーヒーを一口飲んで、バッグの中からA4用紙とシャーペンを取り出した。 「頭の中を整理したい時は、A4用紙に書き出している。」 さっき聞いた話を、いま、ここで。 「いらっしゃいませ」の声と、食器を運ぶ、...
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短く触れて、残るもの

その人は、大きく笑ってはいない。 整った頭髪に、体にぴったり合った黒いスーツ。背筋の伸びた、フロントスタッフ。 館内案内、少しわからなくなって質問すると、どこか違っていたようで、「失礼しました」と案内の訂正。 丁寧な説明...
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渡された旅行のかたち

沖縄の話を、何度も聞いていた。 年に数回、 いつも同じ宿に泊まり、数日間、何もしない。 たまに、本を読む。 聞きながら、いつも景色を想像していた。 青い海、強い日差し、暑い空気。部屋で、ひとり、何もしない。 ...
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何もしないを選ぶ

鍵を置いた瞬間、少し笑った。  レースカーテンからうすく入る光。 テーブル、ソファー、ベッド。 1回深呼吸。 白いタオル、歯ブラシ。整えられた、紙、ペン、浴衣。  スリッパに履き替えて、 ソファーに座り、荷物...
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いつも歌っていた。 通学路。台所。車の中。 自分の声だけが聞こえるはなうた。 ピアノの音。歌詞の意味。指揮に合わせて。 周りの声に、声を重ねていく合唱。 誰かの音楽に引き込まれたあと。 再現したくなって...
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大叔母の「もったいない」

こどもの頃、従妹と二人で泊まった大叔母の家の朝食。 明るい居間。 ちゃぶ台の上に並んだ、ご飯と、焼き海苔と、納豆。 従妹と二人、いつものように小皿に醤油を出す。 少し多めに。何も考えずに。 ごちそうさまの後、...
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仏像の背中

仏像の背中の筋肉を見るのが好きな人がいる。 初めて会った時、柔らかい雰囲気のその人が、静かな声で、そう言った。 え、仏像の背中の筋肉? 気にしたこともないその風景を想像してみた。 それから、たまたま立ち寄った博物館...
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お掘りの色

パレットの上で、深緑を作っていた。 小学校の写生大会。タワーのある公園。 鉛筆で下書きをして、時間いっぱい色を塗って図工の時間に仕上げていく。 タワーの足元。画用紙の下半分に大きく広げたお堀の下書きに、深く、きれいな、深...
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静かな部屋で

物を減らしても、生活する部屋のなかには必要なものが置かれてしまう。 考えたい時、力を抜きたい時。 視界に入るものがノイズになって邪魔をする。 窓側に机と椅子だけ置いた、その部屋は一歩入るだけで体温を少し下げ、呼吸を深く、...