書く前の靄(もや)

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その人が帰った後、
コーヒーを一口飲んで、
バッグの中からA4用紙とシャーペンを取り出した。

「頭の中を整理したい時は、
A4用紙に書き出している。」

さっき聞いた話を、
いま、ここで。

「いらっしゃいませ」の声と、
食器を運ぶ、
いつもと同じ音。

印刷されたA4用紙を裏返す。

頭の中いっぱい、
黒い靄。

最初の一行。

シャーペンの先が置けない。

ふっと、入口が決まる。

靄に、通路が開いて、吐き出される。
見失わないうちに、最初の一行を書き留める。

最初に見えた、一本の線。
そこから次々矢印を引いて、伸ばしていく。

「この言葉じゃない。」
その時は、立ち止まる。

ブラインド越し、
細く区切られた光に視線を上げて、
重くなった首をゆっくり伸ばす。

言葉を見つけて、また、シャーペンの先を置く。

紙の余白がどんどん埋まっていく。

ふっと、体の力が抜けた。
シャーペンを置いた。

水を飲む。
のどが渇いていた。

「いらっしゃいませ」の声が戻ってきた。

黒くなった小指の横を見ながら、
少しだけ軽くなった頭で、紙を眺めていた。