短く触れて、残るもの

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その人は、大きく笑ってはいない。 

整った頭髪に、体にぴったり合った黒いスーツ。 
背筋の伸びた、フロントスタッフ。

館内案内、少しわからなくなって質問すると、
どこか違っていたようで、 
「失礼しました」と案内の訂正。

丁寧な説明。
ほどけた笑顔。

お礼を伝えると、
少し大きな笑顔が返された。

滞在中、ノークリーニングの札をかけた。

向かいの部屋で作業中の清掃スタッフに、
タオルの交換をお願いする。

「バスマットもお持ちしましょうか」と聞かれ、
「使っていないから大丈夫です」と答えた。

「すぐうかがいます、お待ちください。」

私が渡したタオルは1枚。

部屋に来てくれたその人は、
「たくさん温泉に入ってきてくださいね」と言って、
きれいにたたまれたタオルとバスタオルを
数枚重ねて持ってきてくれた。

滞在中、一度ホテルを出た。

駅のぽんしゅ館。
500円を払って5枚のコインを受け取り、
並ぶ日本酒のスタンドの前で、少し迷う。

「どんなお酒を選んでいるんですか」と、
不意に声をかけられる。

「辛口が好きです」と答える。

横からもう一人、
「こう見えて甘口が好きなんですよね」

笑いながら、輪が少し広がる。

「もうたくさん飲んだから、よかったら使って」と、
さらにもう一人。

差し出された手に、両手を出すと、
コインが二つ乗っていた。